教育

2015年12月03日

一番の教育者

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言葉の積み重ねが人をつくる
1番影響を受けたと思うのは、父親の言葉です。

気付くのに10年掛かりました(笑)

練習の送り迎えをしてくれる車の中で、
よくこんな言葉を掛けてくれてました。

「今は体が小さいから
体力の差で試合に出れないけど、
背が伸びて筋力がついてくれば大丈夫。」

「こうゆう時に頑張れるかどうか。
見ている人は見てるし、
必ず自分に返ってくるから頑張れ。」

その時は、僕の涙を余計に誘うだけだったのですが(笑)

そうゆう言葉の積み重ねに
無意識に感化されて、
どうにか前向きに、
好きなサッカーを好きでいられたのかなと。



前向きな言葉
もし親父が、
”コーチに見る目がない”とか、
周りの何かが原因だというような励まし方をしてたら、
僕は人のせいにしてふてくされてたかも。

かと言って
僕自身の能力や可能性を否定されても、
きっと自信を失ってしまった。

あくまで想像ですが、そう思います。


コーチや先生、仲間たちの存在は
僕にとってすごく大きな存在だったし、
今もそうですが、

やっぱり1番の教育者は親なんだなって、
そんな当たり前のことを今感じてます。


だから、サッカーをしてる子供を持つ親御さんには、

まずは出来る限り練習や試合を見に行って、
何も言わなくてもいいから
そっと見守ってあげて欲しいです。


そして言葉を掛けるのなら、

誰かや何かを否定するのではなく、
可能性に対する前向きな言葉を
掛けてあげてください。


未来の可能性という意味で、
10年後はどうなってるかなんて
誰にもわからないんです。

前述のように、
ジュビロの下部組織ですら試合に出られず、
ユースにも上がれなかった。

そんな僕が
10年後に
ヤマハスタジアムのピッチに立っているなんて、
僕自身も想像できなかったことです。


楽観でも悲観でもなく、
ただ単純に、
未来というものは
信じてみる価値のあるもの。

そんなことを子供に伝えられたら、
それだけでも素晴らしいことだって思います。



山田大記オフィシャルブログより

山田大記


maruhashikouta at 11:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年10月13日

共有か強制か

共感と強制


ママスタセレクトより



ママのための子育て情報WEBマガジン…

え?
36歳、独身(男)ですが
それが、何か(´∀`)


少し長いですが
前半→こちら

後半→こちら
maruhashikouta at 12:48|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2015年06月30日

勝負に“こだわろう”

無題


コパ・アメリカ見てますか?

今朝の試合もすごかったです。
開催国のチリが決勝進出。

明日は
アルゼンチン対パラグアイ。
勝った方が決勝進出。


当たり前、かもしれませんが
選手、監督、スタッフ
そしてサポーター

勝負にこだわっていますね。

当たり前ですが。

そういえば、
日曜に観戦した国際大会も
フランスのベンチは
勝負にこだわっていましたね。
気づきましたか?
あ、試合見てない子は気づかないでしょうね(笑)


コパ・アメリカは
子ども達、見ていない子が多いので
話しても・・・?な感じです。


せめて、女子W杯くらいは見てね、と。

なでしこの準決勝は
イングランドと2日の8時。

関テレ、BS1で中継あります。
BSは再放送もあります。

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こんなシーンが見れたら良いのですが!


☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;



「自分の敵は自分」です。

自分との勝負にもこだわっていますか?

おおいに勝負にこだわってください。

まずは
自分のために!


以下、
Facebook
「谷田-虎の穴・静学サッカー」より転載です。

*関係者の皆様、お許しいただけたら幸いです。 


☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;


勝負にこだわり、
思いやり上手の選手は山ほどいる。

*-*-*-*-*-*-*

勝負にこだわる子はサッカーがうまくなる反面、
他人への思いやりが下手になる。
と誰かが書いていた。

それは物事を二律背反でとらえ、
現象を短絡つけるものだ。

勝負にこだわり、
思いやり上手の選手は山ほどいる。

ただ、
勝負だけにこだわるチームに、
思いやりが薄い子は育ちやすい。
勝負さえ勝てばよいチームは、
人は育たないことが多いのだろう。

だが逆に、
勝負にこだわらないお教室で、
思いやりが厚い子が育つとは思わない。
勝負にこだわらないサッカーチームで
人が育つとはとても思えない。

勝負にこだわるから
競技スポーツは
深い思いやりを身につけさせてくれるのだ。

思うところは、
考え深い人や師に支えられ、
サッカーの勝負の中で勝ったり負けたりで、
口惜しさ嬉しさを経験し、
はしゃぎ泣く中で、
自分の感情を豊富に身につけ、
そういう自己肯定観を豊かにした少年が、
やがて、
自分のチームのあいつの事、
相手チームの事、
自分に向けられた喜びや悲しみがだんだん外に向き、
少しづつまわりが見えてきて、
勝った彼ら、負けた彼らから、
泣いたあいつ、思い切り喜んだあいつから、
何かを感じ始め、想像力を発揮し始める。

きっと彼は
昨日のオレで、
明日の僕だと。


そんな先見た指導の大らかさを持った大人が
育成現場には必要だ。

それには幼少からの親の愛情と家庭のしつけと
10歳越えたら彼を人として突き放す
子離れが不可欠だ。


大人は絶対に一緒に喜んだり悔しがらない事。
今日の勝ち負けを正しく彼らに理解させれること。
「負けの意味」
「次が大切」
「勝利は一瞬」がわかる家庭であること。

一つの勝ちに大人がはしゃぎ、ああだこうだと酒の肴にする、
一つの負けに大人が反応して、何者かをその原因と非難する。

そんな品性の低さは誠に「始末が悪い」(笑)



☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

「勝負にこだわらないお教室」は
やってるつもりは、ありませんが
そう感じられているなら仕方ございません。

私のせいです(礼)
maruhashikouta at 23:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年02月09日

「口出し」と「過保護」

「口出し」と「過保護」はイコールではない

そういう記事です。

一緒にサッカー見るだけでも
良いですね〜( ´∀`)つ
maruhashikouta at 16:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年01月24日

サポート

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もちろん選手には才能は必要です
しかしそれ以上に
努力と多くの人の助けが必要です
周囲のサポートがなければ
どんな才能も開花できないのです
絶対に
〜イビチャ・オシム

☆★☆☆★☆☆★☆

totoのCMで
オシムがそう言っていました。

「スポーツは育てることができる」

そんなコピーつきでした。

「totoの収益金は、
選手の発掘・育成などに
役立てられています。」

だそうです。

このCMを見て

totoを買うかどうかは
収益金がどのように使われているか
調べてからにするとして…

totoを買う以外に
私達にできる
「スポーツを育てること」とは
何があるでしょうか。

Jリーグを見に行ったり
自分でプレイしたりするのは
その一つかもしれませんね。


スポーツができる
スポーツをするために
選んだであろう高校が
受験できなくなった中学生や
部活ができなくなっている高校生に
周囲のサポートって何ができるでしょうか。

サッカーができる幸せ…
小学生には分からないかもしれませんが
たくさんの人にサポートを受けていると
昨日の練習でも話しました。

もちろん
サポートはチームにも必要なので…

年中無休で募集中です(≧∇≦)

ご協力よろしくお願いします!

maruhashikouta at 05:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2011年09月23日

ありのままで良い?

自信とは
「自分を強く見せること」ではなく
「ありのままの自分を信じられること」
佐渡裕

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

今日は急な練習追加にもかかわらず、
たくさんの子どもも達が練習に参加してくれました。

いつも思うことですが
子ども達の行動・発言は本当におもしろいです。

みんな違って、みんな良いです(´∀`*)

3時間の時間があって
そのなかで
自由な時間を作った時に
子ども達のサッカーへの気持ちが見えてきます。

まぁ、低学年は体力的な問題もありますが、
もっと自分からボールを触って
楽しいと感じられるようにしたいです。

子ども達は
そのままでも個性的でおもしろいのですが
「ありのままでいよう」と思うだけで
実力がつくわけではありません。

地道に積み重ねた努力は
自分が知っている。
それが、勝負どころで自信となり、力になる。

だから、勉強もしろ!となるのですが〜
子ども達に伝えて、やらせる、
やろうと思わせる方法があれば・・・

それを一番知りたいのは、お母さんですかね〜
私も知りたいです(*´Д`*)

明日も練習頑張りましょう!

maruhashikouta at 22:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年09月21日

トレーニング

今日は
土曜日と月曜日にあった試合の内容を
思い出せるような話をしながら練習しました。

力比べで、負ける相手に勝つために、
どうしたら勝てるか工夫しようと

台風に負けない「木」の話をしました。

風に折られる木は
太い大きな木か、フニャフニャ曲がる
竹のような木か・・・

子ども達も感覚で分かっていたようです。
ま、
大木のような強さも
持っていれば、それは長所で良いのですが( -д-)ノ

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜
 
最後の30分は楽しくない?練習をしました。
指定されたボールの動かし方を
繰り返す繰り返す・・・

自由にボールを動かせないと
なかなかサッカーは楽しくないので

うまくできなくて
「ボールがすべる〜」とか
「うまくできひん〜」とかいう声が
低学年の選手達から聞こえてきましたが

「ボールは友達!」(大空翼)です( ´∀`)つ

30分あれば
車一台分くらいの場所があればできる
トレーニングです。

やってみよ〜

そのままでは
そのままです。

☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚
練習後、
「トレーニング」という言葉について話しました。

「トレーニング:training」 

「電車」は英語で「train」

電車は線路の上しか走れません。
線路の上を行ったり来たり〜

そうやって繰り返すのが
「トレーニング」やねん!と。

話の流れで
勉強の話をしました。

勉強は君達の仕事だ、と。

勉強なんて
めんどくさくて
何の役に立つか分からなくて
嫌いで
やりたくない。

そんな気持ちは分かるけど、
勉強する意味・価値はあるのだ、と。

嫌な事をやることも
自分のためになる。

好きなサッカーは頑張る?
それは、当たり前。

嫌なことでも頑張れないといけません。
子ども達が好きな、サッカーでも、それは同じ。

好きなコト、やりたいコトだけやるのは
無理・・・

って試合したら
子ども達でも分かっているはず。

宿題やったか〜と
子ども達に聞きました。

月曜の試合後
宿題をやってないという
2年生がいると聞いたからですが・・・





今日は・・・




暴風警報で

学校が休みだったらしいじゃないですか!(#`皿´) 

そりゃ宿題終わってるやん。
だってそれは、
昨日の宿題・・・

だまされました〜(´∀`*)

 
maruhashikouta at 20:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2011年05月08日

かかわり方のバランス

「父性」と「母性」と「子ども性」の
バランス良い使い分け。

それが子育て・教育には必要だそうです。

父親と母親と子どもが
必要ということではありません。

「父性」とは
態度教育や生活規範を守らせるなど
絶対に許してはいけない場面で
毅然と接する、厳しさ。

「母性」とは
子どもの話に耳を傾けてしっかり聞いてやり
受容する、優しさ。

「子ども性」とは
子どもと一緒になって遊び
楽しさを心から共有する、朗らかさ。

いま、教育現場(学校・会社など)では
圧倒的に「父性」が足りていないと聞きました。

その原因の多くは
躊躇や遠慮により厳しく接することができないそうです。

厳しく接することは、相手に強いかかわりを示すこと。
ただし、相手を威圧したり、
人格を否定する怒り方は絶対に禁止です。

相手の欠点をついて落ち込ませるのが目的ではなく、
その人のためを考えて、本質をついて指摘すること。

最近、初めて会う子ども達の
サッカー指導をする機会が多くあります。
1回2時間の練習でも
なかなか難しいですが、
3つの性をバランス良く発揮するように・・・

今日は父性が足りなかったかな・・・
maruhashikouta at 14:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年11月03日

バランスは大切やけども


「誠実さ、謙虚さも含む日本的な社会文化コンテンツ&ニュアンスを、
 とても優れたモノだと思っています。
 世界に誇れる社会文化だと思っているのです。
 でも、だまし合いと
 フィジカルな闘いがベースの(狩猟民族スポーツである!?)
 サッカーの場合は、そんな文化バックボーンが、
 マイナスに作用してしまうケースも多い…」


コーチかつ、サッカーライター
湯浅健二さんのHPからの引用です↓

http://www.yuasakenji-soccer.com/

個人と全体。
自分とみんな。
エゴ(自我)・意思と協調。

何事もバランスが大事という話です。

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;
阪神大震災の時、
物資不足による暴動や略奪が起こらなかったのは、
日本社会の優れた協調性の賜物だ。

という話を聞いたことがあります。

一方で、政府の対応は遅かった。

判断・決断・行動が要求される時に
時間がかかってしまった、と。

みんなのコトを考えて、みんなで頑張ろうと考えられる
日本人の優れた特性と
いざとなったら、自分ひとりで決断する能力は
両立できないでしょうか。

普段からの訓練があれば、両立できるのでは、ないでしょうか。
いや、両立できないと、アカンと思ってます。

みんなのコトを考えて、みんなで頑張る訓練は
ものすごく、知らず知らず、学校でやってるのではないでしょうか。
(そういうのが見たくて、授業参観や運動会に行ってます。)


「自分で判断・決断・行動する」訓練を
サッカーを通じて、しているつもりです。

それが、やりたくて
やってるんやろー!と自分に再確認。

でも、バランスは大切。
「出る杭は打たれる」ってことわざ、
外国にも同じようなことわざあるのでしょうか。
調べてみよ〜(☆゚∀゚)

出てなくても打たれるコトもありますからねー。

難しい…

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

すごい天気良いですが(あ〜予定いれたら良かった…)
急に寒くなりましたね。
体調に気をつけましょう(お互いに♪( ´∀`)つ)

初心に帰るべく、今日は自分もフットサルしてきます♪
maruhashikouta at 08:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年10月09日

教育は暴力か?!

台風一過で、空がきれいですね。

嵐の中、本を読んでて、久しぶりに頭の中がグワングワンしました。

過激なタイトルでスイマセン( ´∀`)つ


☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

ヘレン・ケラーについて…

ヘレンは生後1歳9カ月で
「見えない」「聞こえない」→「しゃべれない」状態になり
そのままの状態で思春期を迎えました。

ヘレンにとっては、生物として、自分が感知できるものが、全て。
他者と言葉は通じないし、共通のルールもない。
学ぶことを知らず、自分が知らない、ということも知らないし
知ることの意味や価値も分からない。

サリヴァン先生は、そんなヘレンを「教育」した。

どうやって?(゚Д゚≡゚д゚)



サリヴァン先生は、まず、ものの食べ方から始めました。
食事の際に、

テーブルにつくこと(椅子に座ること)
ナプキンをすること
スプーンをつかうこと

これらを強制した。

他の人の食べ方を見たこともないヘレンにとって
このような、文化的な、食事の仕方は

知らないコト、かつ、不必要で、不自然なコト。

ヘレンは手探りで触れたもの、味やにおいでしか
外部を認識できない。
食事は手に触れた、食べられるものを食べるしかない。

そうやって、生きてきたヘレンの生活様式を否定することは
ヘレンそのものを否定すること、ヘレンとの敵対。

ヘレンにとって、初めての敵対的な外部が登場した。
ヘレンは全力で抵抗するが、最終的には屈服する。


近代的個人を形成する「啓蒙」としての教育は、
その個体(子ども)が望もうと望むまいと、
彼(彼女)を外部にある文化や規則の世界に引き入れなければならない。

ヘレンとサリヴァン先生の「教える−学ぶ」の関係は
教える側(権威者・サリヴァン)による、
一方的な文化(食事作法)の強制(暴力)から始まっている。

最初のヘレンには、学ぶ側としての
自己も存在していなかった(外部がなかったので、内部もない。認識できていない)

そこで、
サリヴァン先生はヘレンと「教える−学ぶ」の関係を成立させるために
両者の上下関係を認めさせるために、
強者による弱者の支配(強制・暴力)を行った。

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

ヘレン・ケラーとサリヴァン先生の間に起こったコトは
普通の場合、人は、生まれてから、
多くの時間と場所で、その生活を通じて緩やかに行われている。

ひと(子ども)が、すでに、学ぼうとするものとして存在する、と考えるのではなく
学ぼうとするひと(子ども)も、
つねに、すでに、教育によって「つくられている」ということに
無頓着になってはいけない。

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

ど〜ですか。頭がグワングワンしませんでした?(;´Д`)

「暴力」という表現が極端で過激に感じたのですが、
ま〜そう言われたら、そうかな、と。

赤ちゃんは「弱者」で、親は「強者」。
躾は「強制」であり、「支配」か…

ん〜

本はその後、
色々な人の
色々な教育のとらえ方を批判的に論じています。

読み進めていくごとに、ますます、頭の中がグワングワンしてしまいました。

「啓蒙」としての教育。
「商取引」としての教育。
「文化」としての教育。
「学力」としての教育。
「真理」としての教育。などなど…

子どもと関わっていると
こういう本は、考える要素がたくさんあって疲れます( -д-)ノ

参考までに↓この本です

間違いだらけの教育論 (光文社新書)間違いだらけの教育論 (光文社新書)
著者:諏訪哲二
販売元:光文社
発売日:2009-08-18
おすすめ度:3.0
クチコミを見る










読めば頭グワングワンすること請け合いです!(☆゚∀゚)

maruhashikouta at 08:33|PermalinkComments(1)TrackBack(0)